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アリゴ・サッキの哲学

またまたまたNumber621号からなんですが・・・。(もうNumberの感想ブログにでもしようかな・・)

AC Milanの記事がありまして、ミランの革新性のルーツなどが書かれていました。そのようなことがたくさん書かれていましたが、それよりも、アリゴ・サッキの言葉に、本当に驚きました。

「私は、ディエゴ・マラドーナの獲得を希望した。いや、熱望した者の一人なのだから。現実にはディエゴは唯一無二の存在だ。つまり、彼以外のタレントはほぼ横一線に並んでいるものと考えるべきなのだ。彼以外のプレイヤーは、チームという組織が課すルールに従順であるべきだと。それが私の哲学であり、だからこそ私はクラブでも代表でも、常に一貫した義務を選手全員に課していたのだ。」

凄い言葉ですね。僕には、思いつかないし、考えることもできなかったことです。

続きます。


マラドーナを基準として見た場合、他のタレントはみんな同じだと。そして、それはレアルー・マドリーでも基本的には変わらないという風に書かれています。ジダン、フィーゴ、バレージ、フリット、ファンバステンみんな同じだということですよね・・・クライフでさえ。あくまでも、マラドーナと比べると、ということでしょうか。

僕も、このことを完全に理解できているわけでもないので、推測ですが、監督の視点から見た場合、他のタレントには、組織的なルール、義務を求めるが、マラドーナは別格であり、それを求められない、ということでしょうか。つまり、他のタレントは組織の上に成り立ち、その役割の中で力を発揮するわけであり、マラドーナは個人で成り立っていると。

まぁタレントと言っても選手に戦術を求めるのは当然だと思いますが、なかなかこんなこと言えないですよね・・。それが、革新的な戦術でミランを黄金期に導いた人が言っているのですから、凄いですよね。まぁ、このことが正しいかはわかりませんが、こういう考えの人がいるということです。こういうことが考えられること自体、普通の人とは違うなと。

僕が残念なのはそのマラドーナのプレイをもう実際に見ることができないということことですね。

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  1. 2005/02/22(火) 15:57:44|
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